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フラップ代表飯塚晃のモチベーションUPブログ

スポーツの意味

2008年09月09日

以前 私がお世話になった方が 受験生を前に次のようなことを話していたことがあります。

「努力をしないで合格をするくらいなら、精一杯努力をして 不合格の方がよい。」

長い人生で 努力なしに良い結果を得られるという体験をしてしまうことは
その人にとって大きなハンデになってしまう。という意味だと思います。
今 私はその意味を「本当にその通りだな。」と感じることができます。

日本人の多くは中学か高校時代に部活動を経験します。
そして運動系の多くのクラブは競技スポーツです。

勝ち、負けがあるスポーツです。市内、県大会、関東、そして全国大会と
より強い相手と競技を重ねるのが普通です。


競技スポーツ いわゆるチャンピオンスポーツの特性は
1人、1チームの勝者と無数の敗者がでる。ということです。

夏の甲子園は4000以上の敗れ去った高校と唯一の全国制覇の高校で成り立っています。

ほとんどは負けるのです。

私は 学生アマチュアスポーツの意義はここにあると考えます。

「負けるために戦う。」

いや 負けるまで戦う。と言っていいかもしれませんが

挫折を経験するためにアマチュアスポーツはある。といってもいいと思っています。

オリンピックを見るまでもなく

唯一の勝者には この上ない栄光と賞賛が送られます。

しかし、これ以上ない努力を重ねた人たちの99%以上は敗者なのです。

 

そして学生がアマチュアスポーツから学ぶことは

負けた後の強さだと思います。

人生というより、生きていくことは「負ける」だと思います。

うまくいかないほうが多いんです。

努力すれば叶う。成功する。

そう信じて頑張るのですが。それでも 負けることの方が多い。
うまくいって8勝7敗です。 2勝13敗くらいの人も普通にいます。

悔しい思い。
情けない思い。
屈辱的な敗戦。
実力を出せなかった悔い。
そんないろいろな思いを 敗戦によって学ぶのです。

アマチュア競技に本当の敗者はいません。
そこから糧を得る者が勝者です。

敗者に幸あれ

2008年08月18日

確かに 北島は偉大だ。
石井くんのキャラも大好きだ。
伊調姉妹の笑顔もすばらしい。
オリンピック 勝者はヒーローであり。
国民の誇りだ。  それは間違いない。

ただ、 しかし 

柔道の中沢さんや鈴木くんもそうだが
女子マラソンの野口さん、土佐さんに 気持ちを込めてエールを送りたい。

テレビ、マスコミそしてWEB上の流れを見てみると
かなり辛らつな批判も多い。

野口さんにはコーチ陣への批判
土佐さんには早めに棄権しなかった批判など

25年ほど前 女子マラソンがマイナースポーツから
少しずつメジャーになってきた。

岩手の佐々木さん
成田高校の増田さんなど創世記の選手達の後をうけ

有森 銀→ 有森 銅 → 高橋 金 → 野口 金

栄光の4大会連続メダル

女子長距離選手の練習は過酷だ。

テレビなどで放映されている場面はごく一部にしかすぎない。
あのレベルの練習では世界では勝てない。
トップアスリートの中 勝つための練習は 常識を超える。

ある選手は練習中 トイレに行かないで
垂れ流しをしながら  泣きながら走っていたらしい。

オリンピック陸上で 日本女子選手が決勝種目に残るのは
トラック、フィールドほとんどない。
特に瞬発力が必要な種目では惨敗だ。

男子以上に世界との体格差を感じざるをえない。

なでしこ達が唯一世界と勝負できる種目が
肉体を削いで 根性を前面に出して練習が必要な
一番過酷な マラソンなのだろう。

F1のようにギリギリまで贅肉をそぎ落とし
筋肉を研ぎ澄まして競技に臨む。

私達は地道な努力が好きだ。
100Mチャンピオンは 私達 日本人には どのような努力をしても無理だと
思い知らされた。

彼女達は もっとも日本人らしい努力をした
それ以外我々が世界に伍して戦っていくのは
恐らく無理だろう。

もちろん彼女達やその周辺の関係者を批判する人たちにも
一理あるのだろう。

しかし、 もともと無茶な練習や気持ちを前に出した走りしか
私達は勝機はないのだ。

それで五輪で4回連続メダルを取ってきた。

批判も
否定も出来ないはずだ。

土佐さんが泣き崩れて運ばれた時

嫌なことを思い出した。

円谷幸吉選手の遺書だ。
川端康成をして 世界一哀切な詩 と言わしめた
彼の遺書が脳裏をよぎった。

土佐、野口両選手を暖かく迎えられる我々でいたい。

 

 

 

歳をとっていろいろ分かること 2

2008年07月04日

杉山隆一   黄金の左足を持つ男 快足の左ウィングである。

サインを貰った小学生の男子4名は 当然のように杉山のファンとなった。

学校でも 「釜本はサインをくれなかったけど、杉山さんは親切だった。」
                 ( ↑ なぜか 釜本は呼び捨て。 杉山「サン」と敬称つき)

僕達のクラスでは実は釜本はケチ 的な伝説が出来つつあった。

 ただし、子どものは忘れっぽいもので数週間すれば みんなサッカーのことは忘れていた。

時は過ぎ。1993年Jリーグ開幕 ドーハの悲劇 そして日韓Wカップと日本のサッカーが再び表舞台に上がったとき、 釜本はTVやマスコミに「サッカー界の顔」として再び登場し始めた。
しかし、幼いころの印象は抜けないもので 釜本がTVに出ると あの東大グランドでの表情と一言が
脳裏をよぎる。

「サインをしにきたんじゃない!」 (俺らシカトかい!)
脳内には釜本 怖い。冷たい。叱られる。ってのが染み付いていた。

それから15年 僕達は40代後半を向かえ 当時の釜本や杉山の年齢をはるかに超える歳になった。

冷静に考えると 当時の釜本の行動は当然だったような気がしてきた。

当時 多分釜本氏は23、4歳、杉山氏は27歳くらいのはずだ。
高校時代から2人ともサッカー界のスターだったが、 杉山の方が先輩 釜本は後輩だ。
全日本の2トップ 杉山のパスを受け、釜本がゴールを決める。

メキシコで得点王になってから 釜本は人生が大きく変わっただろう。
どこに行ってもスーパースターだ。 

ただ、彼らはアマチュアだった。プロの選択肢は今と違って限りなく少ない。
日本の企業チームの中で生きていかなければならない。

もし、東大のグランド いやそれ以外の場所でも
釜本が先輩やコーチ、チームメイトを差し置いて
スター気取りでサインに応じることは出来ただろうか?

普通の日本人のマインドなら出来るはずはない。

まして、杉山は 当日も自分の稽古をつけてくれている。
なおさら先輩に気を遣うはずだろう。

そんな心情を理解したうえで、杉山は僕達に声をかけてくれたと思っている。

思い出せば、杉山が僕達にサインをしてくれている間
釜本は ボールなどの練習道具や自分と杉山のバックを両手に持ちながら
少し離れた場所で 杉山が当時の少年達にサインを済ませるのを
                                じっと立って待っていた。

 


 

 

歳をとっていろいろ分かること 1

2008年07月01日

 歳をとると何となく思い出して なぞが解けるようなことがある。
そんな話 今日は第一話 

私の実家は 千葉市 政令指定都市になってから花見川区というところだ。
家のすぐそばに 東京大学の検見川グランドがある。
*このグランドは広大の一言
このグランドには東大の学生以外にも 様々なアスリートが合宿に来ていた。
記憶に残っているのは サッカーの日本代表チームだ。

何回か 練習を友達と見に行った。 小学校の低学年のころだったので
メキシコで銅メダルを獲った後???だと思う。(もしかしたら直前??)

ある日のこと いつもは集団で練習している日本代表サッカーチームだったが
このときは2人しかいなかった。
ピッチのセンターに一人
ゴール脇に一人

50メール位離れた位置でパス?の練習をしている雰囲気だった。

遠巻きに 何気に見ていると 友達の一人が言った。
「カマモトじゃん!あれ!」

釜本邦茂・・・いわずと知れたスパースター メキシコ五輪の得点王である。

まるっきりガキだった僕達は釜本はサッカーの象徴だった。

「ヘ?・・」

釜本は 50メートル離れたもう一人の選手に 矢のようなボールを送り続けた。
パスというより それはシュートだった。

そのシュートは正確で相手の選手は一歩も動かず
胸でトラップをしていた。

数発 釜本のシュートがそれると
相手選手は 少しも動かなかった。
ボールは転々と転がった。 釜本は50メートル向こうから
相手選手を通り越し 自分のボールをダッシュで拾いにいっていた。

「釜本 かわいそうだね。」

しごかれている釜本に小学生は同情した。

練習が終了して 僕達は ランドセルからノートと鉛筆を取り出して
釜本のもとに走った。

「カマモトさん! サインください。」

180センチを超え、ものすごい太ももにビビリながら声を絞った。

瞬間 

「サインをしにきたわけじゃない!」   表情を変えずに釜本はいってしまった。

僕達は 怖かったのと 予想外の結果で フリーズしていた。

後ろで声がした。

「サインしてやろうか?」  釜本より少し小柄だが やはり太ももがすごい選手が声をかけてくれた。
釜本をしごいていた選手だ。 僕達は戸惑っていたが・・・

お願いします。

俺達 少年は 少し救われた気持ちで もう一人の選手のもとに走った。

サインを貰い。  名前を見た。

そこには   杉山隆一と書かれていた。   僕達は一人残らず 杉山のファンになった。

                                    続く

大相撲

2008年05月20日

夏場所も後半戦である。 
間垣部屋と豊桜の暴行事件がニュースになっていた。

大相撲ファンとしては 「またこれで 人気が低迷するな?。新弟子が入らなくなるな。」
くらいの感じだったが

ウエッブ上のブログなどの感想を見ていると
6割から7割が 間垣親方、、相撲協会を批判している論調
また新聞紙上も 協会批判しているので 天邪鬼な私は
酷く憤慨している。 

特に
1)相撲界は時代遅れ
2)相撲界は暴力体質
3)体罰は何があってもいけない。

上記のような アホすぎる あまりに人間離れしている意見に憤慨
「俺もブログに書いちゃいましょ。」 とタイプをしているわけだ。

まず 時津風部屋のリンチ事件からの流れで 相撲部屋のしごき問題がクローズアップされているのは
十分承知している。 その上での意見だ。

1)まず、「相撲界は時代遅れ」 「相撲界の常識は世間の常識と乖離している」などという考え。
 相撲が時代遅れなのは当たり前の話だ。
タイマノケハヤとミノノスクネがオリジンなんだから神話時代から来ているんだぜ。
今でも丁髷つけているんだぜ。 時代遅れなのは当たり前の話じゃないか。
伝統と格式がある二千年以上の歴史のある 価値観をなんで わざわざチンピラのような
ポットでの市民革命以降の人権思想や昭和や平成の常識や価値観に合わせる必要があるんだ?
ずうずうしい主張だよ。  

2)相撲界は暴力体質  
ハァ? 相撲を爽やかスポーツとか 仲良しクラブと勘違いしていないか?
格闘技だよ。 それもプロのね。 横綱になると 神様と同格なんだよ。
赤ん坊を抱っこさせると健康になっちゃう世界だよ。
田舎いくと今で婆さんは力士みると手を合わせる人が居るくらいだよ。
稽古中竹刀くらい使うでしょ。当然でしょ。 そのくらいして作った肉体がはじめて
銭が取れる肉体なんだよ。ただのデブになんで升席で4万も5万も払う?

角度を変えてみれば 格闘技ってのは 暴力とニアイコールだよ。
プロレスでも
フットボールでも
K1でも
総合格闘技でも
ボクシングでも
根っこは同じだよ。 格技とか格闘技ってのは自分の肉体で相手を叩きのめすことだもん。
そら 暴力体質ですよ。 特に稽古中は・・・

3)体罰は何があってもいけない。
これも大きな勘違い 相撲部屋と学校教育と同一視してどうする? 

あいつ等はプロだよ。
ブチかましや張り手で天下獲る!と思ってるやつだよ。

格闘技の稽古中に体罰使わないってどういうことだか理解できているのかな?

学者志望の大学院の学生に 「君達 議論禁止!仲良くね。」ってのと
同じようなことでしょ。  学問の世界で理詰めの議論で相手を論破させることを禁止したら
そりゃ 学問じゃないでしょ。

金融関係のビジネスマンが 「金だけが人生じゃないですよ。」ってクライアントに言ったら
そりゃ 「アンタ 早く帰れ!」ってなるでしょ。

プロゴルファーが 「僕はお金を賭けたゴルフは嫌いだな?。」って話したら 
 「お前どうやってウイニングパット決めるのよ?」って話だよね。

塾講師が 「僕は人前で話をするのはチョー苦手。 それにあまり話がうまくないし。」
  辞めた方がいいよね。  それと同じでしょ。

暴力や体罰を全否定した格闘技ってありえなくない?
 誰でも 殴られたりするのはイヤだよ。でもそんな世界に自分の意思で飛び込んで行ったんだよね。
「多少」のことは我慢だよね。

もちろん一般社会で ミミズバレができる体罰は 論外だよね。
そして 相撲界でも 死亡事件を起こすくらいの暴力はダメだよね。

でも何でもかんでも 自分達の常識や 自分のいる世界のルールや価値感で物事を判断するのは
おかしいよね。

 

  

 

 

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