小学生は4~8名、中学生は8名、個別指導は2名までの少人数制の塾、個別指導塾のフラップ指導会です。松戸市、流山市、柏市(南柏)を中心に一人ひとりの力を伸ばす指導を行っています。

資料請求のお問合せ    体験授業予約

  • 小学生コース
  • 中学生コース
  • 高校生コース
  • 中学受験コース

南流山教室

曹操の墓を語る

2010年1月18日

フラップでは、3学期も学年末テストに向けて元気一杯に授業が始まりました。また、3年生は私立受験が始まりました。合格者が毎日のようにどんどん出ています。中には、悔しくも不合格の生徒もおり、とっても心配しましたが、しっかりと次の試験に向かって切り替えができている様子で、ホッとしました。

 

多くの生徒にとっては、まだまだ、ここからです。途中で心が折れないように、必死に支えますので、最後まで頑張っていきましょう。

 

 

 

 

 

(話は変わるけど…)

 

年末に、この世紀の大発見がなされてから、いつかは書こうとは思っていましたが、遂に書きます。

 

題して「フラップ指導会の高梨が曹操を語る」。

 

本気で語ってしまうと、今年のブログは曹操ネタだけで終わってしまうので、手短に。

 

年末に中国の河南省 安陽市 安陽県 (中国では日本の「市」と「県」が逆) 安豊郷 高穴村 に曹操の墓を発見したとのニュースが世界中を駆け巡りました。

 

そもそも「曹操」とは誰?という方に、曹操を簡単に説明すると…。

 

 

「三国志」で主人公格に有名な人。

 

 

 

簡単過ぎましたか…。

 

では、 中国の三国時代の国の一つである「魏」の土台を作った人。 では駄目ですか?

 

これ以上の説明は、見るのが嫌になる程の膨大な説明量になりますので、割愛させていただきます。

 

 

 

そもそも、そんな有名人の墓が今まで、なぜ分からなかったのか。

 

その理由の一つに曹操自身の遺言があります。

 

曹操は生前、次の3つを遺言として残していたと伝えられています。

 

?「墓や喪は、薄葬とせよ」

?「これと分かるような碑などは建てるな」

?「偽物の墓を作れ」(伝承)

 

これらの遺言は、盗掘・発掘を逃れるためと言われています。他にも、いろいろと伝承や伝説は後を絶たないのですが、実際に有名な墓などは、全て盗掘にあっています。

 

盗掘村というものが存在し、盗掘で家計を養っているという噂も…。(かなりリアルな話です)

 

また、文化大革命の際には、多くの三国志の英雄の墓が破壊されてしまい、現存する墓は、僅かしかありません。

 

また、実際に、曹操の墓の候補が、全国に多数存在します。この点も、曹操の墓が見つからない原因にもなっていました。

 

 では、今回、この墓が曹操のものだと断定できたのは何故か?

 

?「魏武王」という碑が出てきた。

?墓の主が「曹操の歳・風貌」と一致している

 

曹操は現在、魏の武帝という位で葬られていますが、実際には曹操は皇帝の位にはついていません。

 

西暦196年に「魏の武王」に封じられた後、西暦200年に死去しており、同年、喪の後に息子の曹丕が、禅譲により「魏の文帝」に即位しました。その時に、曹操を「魏の武帝」と諡を与えました。その後、曹操は「魏の武帝」と呼ばれるようになります。

 

つ・ま・り、本物の曹操の墓には「魏武王」という言葉はあっても、後付の「魏武帝」という言葉は無い。という事で曹操の墓と認定されたのです。

 

という事で、中国の歴史上・文化史上、大きな影響を与えただけでなく、世界中の歴史上の人物に影響を与え、現代でも、本・映画・ゲームなどで多くの人に影響を与え続けている人物 曹操 彼の墓の発見は、中国古代史や彼自身の人物評に大きな影響を与えると思われます。

 

すいません。だいぶ、抑えたつもりなのですが、長くなってしまいました。

 

ここまで読んでくれたあなたは偉い!

by三国志博士