小学生は4~8名、中学生は8名、個別指導は2名までの少人数制の塾、個別指導塾のフラップ指導会です。松戸市、流山市、柏市(南柏)を中心に一人ひとりの力を伸ばす指導を行っています。


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フラップ代表飯塚晃のモチベーションUPブログ

色々ヒントになるようなこと

2019年02月13日

私がこの業界に入って約30年が経過しました。勤務講師として15年、経営者として15年。あっという間でしたが、色々と気が付いたことや、皆さんのヒントになるかもしれないことを断片的に書き連ねていきたいと思います。1つのテーマで長文にはならないツイッターのようなものを思いつくままに・・・・

1、 センター国語の漢字の配点はわずか10点(5×2)しかない、ここに時間をかけても
意味はないが、東大をはじめとする難関大学合格者で、漢字でミスを2つ以上する人は事実上皆無。
千葉県公立高校入試の数学の計算問題も同じ。地域トップ高校の合格者でも計算問題でミスをする人はほとんどいない。
かといって漢字や計算ができれば上位高校に合格できるのかといえば当然違う。
大学受験生は小学から高校1年まで、高校受験生も幼いころから基礎的な計算は速かった。 語彙力と計算力は幼いころからの積み重ねが大切で、それが高学力の土台となっている。

2、 小学校の英会話教室は役に立つか?とよく聞かれるが、結論は簡単。小学校から成人になるまで継続すれば役に立つが、中学までのお稽古、習い事なら役に立たない。
中学入試で地頭(じあたま)を鍛えた連中に数か月でごぼう抜きされる。
英語を武器にしたいなら中学高校とよりハードなレッスンを受けていかないと意味はない。これはスポーツなどと同じ。

3、 読書をすれば国語力は向上するか?これもよくある質問。この答えも簡単。
小学生低学年は確実に向上する。 高学年もその傾向は非常に強い。この年代までは
より難しい、大人向けの書物に自然に入り込むので読書傾向と国語力はほぼ比例する。
問題はこの後、中学、高校と年齢を重ねるにしたがって読書で国語力を向上させるカーブは鈍くなる。理由は書物の難易度の上昇がなくなるから。娯楽の読書。情報収集の読書という読書本来の目的になればなるほど国語力の向上という目的からは遠くなる。大人が毎日スポーツ新聞や週刊誌を読んでも国語力はつかないのと同じ。

取りとめないですが少し続けたいと思います。

フラップ指導会  代表 飯塚 晃

勉強のコツ

2019年01月30日

成績が上がる生徒さんとそうでない生徒さんの違いは何でしょうか?もちろん色々ありますが、その内の一例を紹介します。

「頭が良くなりたい。」「○●君は頭が良い。」

このセリフを言う人は成績が上がらないタイプです。成績の上げ方、勉強方法の勘所を理解していない人に多い特徴的な言葉です。

成績が向上しない人に多いのが 「塾に来れば頭が良くなる。」「勉強をすると頭が良くなる。」と考えることです。

確かにテストの成績が良い人の中には「頭が良い」人もいるかもしれません。「記憶力が良い」とか「空間把握能力が高い」とかといった幼児期に育まれた脳の構造に由来する能力差があることは事実です。

ただ、テストの成績が良い人は、何も知らない事を、元来持っている能力で解答用紙にひねり出しているのではないのです。 解答が正解なのはただ単に知識を知っているだけ、またはその利用の仕方のパターンを把握しているだけなのです。

間違えやすいのが次ぎのような思考です。

勉強する。→脳が鍛えられる。→頭が良くなる。→テスト問題に対処できる。

スポーツの筋肉トレーニングとは違うのです。 筋肉を鍛えればジャンプ力や短距離は早くなり、心肺機能を高めればスタミナがつく。というような図式はほとんど当てはまりません。

ここを勘違いしている人が多いのです。

運動をすれば筋力は増大しますが、勉強をしても無駄な勉強をいくらしてもそれはただの時間の無駄なのです。それではどのような勉強が無駄で、どのような勉強をすれば成果が上がるのか?一例をお話しします。
入試の過去問題でも 問題集でもいいです。問題を解いたとします。

① 問題を解く。

② ○×を付けて、採点をする。

ここまでで勉強が終わってしまうと100時間やっても無駄でしかありません。
ただの運動です。
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③ 間違えた問題をピックアップする。

④ 足りない知識を洗い出す。 知識の利用方法、パターンを知識化する。

⑤ 知識と解答パターンを覚える。

⑥ 数週間から数ヵ月後に再度同種の問題を行う。

⑦ 出来たらOK.間違えたら④に戻る。

③から⑦までが勉強です。力になる勉強をしている人はこの部分をしっかりやっています。
いくら勉強しても成績が伸びない人は①と②に多くの時間をかけます。

確かに 元々の能力が非常に高い生徒さんもいます。頭が良いという人もいます。しかし、勉強の大鉄則は

頭が良くなろうと思ってはいけない。ということです。きっと頭が良くなれば全てのことが(数学も英語も国語も理科も社会も)すらすら出来るようになる、楽になる。と勘違いしてはいけないのです。

出来ないことを1つ1つ出来るようにしていくこと。知識を1つ1つ覚えていくこと。
解答のパターンを1つ1つ暗記していくこと。

その先にしか成績の伸びは存在しませんし、応用力も育成できません。
意識的③~⑦に力を入れてください。 
ちなみに塾では④と⑥を効果的に指導しようと心がけています。
  フラップ指導会  代表 飯塚 晃

作文の書き方

2018年10月31日

今月は作文についてのコラムになります。 下記の文章はおよそ10年前にこの場に掲載したもののリメイクになりますが、作文や小論文などの表現能力の有無は入試において益々重要になっています。 しかし作文ほどその能力や完成度に個人差が現れるものはないと思います。日本語だからそこそこの文章は書けるだろう。というものではありません。数学の応用問題や英語の長文読解と同じくらいの力の差がある分野です。

 

作文が苦手な生徒がいます。決して少数派ではありません。中学3年生を対象にして考えた場合、25%、約4分の1の生徒が「作文は大嫌い。」な生徒です。模擬テストなどの200字作文でさえペンがまったく進まない人もいます。

読書感想文・・・恨みとまではいかないまでも良い思い出を持っていない人も多いですね。 なるべく短い本を読んで、さて感想文を書こう!と原稿用紙に向かう。
浮かんでくるフレーズは・・「面白かった。」「哀しい気持ちになり、考えさせる場面が多かった。」 4行で感想は尽きてしまい、「ダメだ!これは。」とやり直し。
「少し粗筋の紹介で文字数を稼ごう。」と人物紹介と粗筋でページ数を稼ぐ。そして
あとがきの解説から気の利いた部分を抜き出してお茶を濁して提出。
 良い思い出になるはずがありません。

 

実は読書感想文は難易度が高いのです。読書をする題材も内容への切り口も文体も書き手に「お任せ」の状態です。
* 今日の夕飯は何がいい?と聞いて「美味しいものなら何でもいい。」と言われるくらいの難問です。

 

実はここに作文の書き方を学ぶ第一歩があるのです。生徒に作文を指導する際の禁句があります。 
「思ったことや感じたことをそのまま書けばいいんだよ。」 これは最悪だとおもいませんか? それが出来ないから苦労しているんですよね。

 

ピアノを習いに来ている子どもに「感じたままを鍵盤にぶつけなさい。」 なんじゃそれ?ですよね。

美術の授業で「見たままを書けばいい。」といわれても 犬を写生したつもりが 牛?になってしまうのが現実ですよね。

少年野球のコーチが、「いいか!来たボールを ぐっと待って バットでギュと打つんだ!」 長島さん以外ダメですよね。

間違いやすいのはここなのです。生徒たちも勘違いしている人が多いのです。それはこんな誤解です。
① 作文は芸術や音楽のように「個性」が必要。
② 作文には独創性が必要。

これでは天才君以外に作文は書けません。

私は長年 作文、小論文の指導をしてきましたが、この分野も力の差が顕著に顕れます。
これは他の科目と同じです。しかし英語や数学と異なるところは、作文は「考え方」や「勉強の仕方」次第で大きな得点上昇が見られるということです。

来月は作文の勉強の仕方を考えてみようと思いますが、今回は作文、小論文を書く際の心構えだけをお話して終わりにします。

「冷静に考えてみよう。義務教育や大学入試レベルに強烈な個性や独創性やセンスを求めるテストがありうるだろうか? 作文テストの狙いは、『運転免許を取るのに才能は要らない』のと同じようにルールを守って、正確に手際よく物事を処理する能力の判定である。それが入試における作文、小論文の正体である。」
フラップ指導会 代表 飯塚 晃

*大学、高校の推薦入試、AO入試などに対応した作文、小論文の個別指導の受付をしております。ご希望の方はお通いの教室までご連絡ください。

 国語の勉強法 (教室便りより)

2018年06月13日

毎年6月号のコラムに「国語の勉強法」の題目でコラムを掲載させていただいております。内容はほとんど同じですが、国語の勉強法の本質は変わりないので繰り返し書かせていただきます。

 

「国語の勉強方法がわからない。」という生徒さんがよくいます。

「漢字練習するくらいしか思いつかない。」と言う人もいます。

確かに他の教科に比べて、国語(現代国語)の勉強方法は分かりにくく、はっきりしないかもしれません。 ただ国語というのも教科として成り立っているのですから、勉強方法というのが存在します。その点について少しお話したいと思います。

 まず国語に関する勘違いをなくすことからはじめてください。 次のような考えは全て間違っています。

 

  1. 国語は勉強してもしなくても同じ。日本人だから国語は出来て当たり前。 
  2. 日本の教育制度や受験制度を舐めてはいけません。しっかり能力差がつくような課題、問題が作成されています。国語と言う教科は日常の日本語ではないのです。
  3. 国語と言うのは数学と違って答えが一つじゃない。色々な考えがあってよい。 この勘違いは我々が小学校時代から経験している授業の方法にその原因があるようです。「この文章を読んで何を感じたのかな。」 そこから「感じ方は人それぞれ。」「個性的な意見も認めよう。」のような道徳やある種のイデオロギー的な考えを持ってしまうようです。「自分中心主義」の考えでは国語という教科の勉強はまったく進みません。出題者は何を求めているのか?(筆者ではないです)を考えることから国語は始まります。 何だと思いますか? 個性でしょうか?感性でしょうか?まったく違います。 これが国語で求められる能力です。文章に書かれている内容を(自分勝手な解釈でなく)学問をする上で正確に物事を高速度で把握しなければ高等教育を受けることは出来ません。
  4. 受験問題を研究してみると、難易度の違いは大きく分けて3つあります。
  5. 正確に、すばやく理解する。これが本質です。
  6. 正解は「正確でハイスピードの情報処理、把握能力」です。
  7. 創作力? ほとんど求められません。5%くらいでしょうか?
  8. まず国語と言う教科は学生に何を求めているのでしょうか?それが理解できれば勉強方法も理解できます。
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  10. 自分が何を感じたか。という考えを一度捨て去ることから始まります。
  11.  
  12. 生徒の意見に募ることに主眼を置いたり、生徒の発言から正解を導く授業を行ったりする授業が展開された経験を多くの人が持たれていると思います。
  13. 「この詩の感想を書いてみよう。」
  14.  
  15. 国語は学問として成立していますので、そんないい加減な考えで出題はされていません。
    同じ文章を読んで複数の意味を許容したら言語は成立しなくなりますよ。答えがしっかり確定可能な設問、条件を設定して発問はされます。
  1. 文書の量の違い。文章量が多いと当然難易度は高くなります。
  2. 使用されている語句の違い。使用されている語句が難解になるに従って難易度は    高くなります。
  3. 問題文、設問の文章、選択の文章の文構造が複雑になる難易度は上がる。国語の問題はこのようにシンプルな方法でに難易度を上げ下げをしています。 
  4.  
  5.  
  6. これを理解できていれば国語の勉強の大筋を理解したことになります。
  7.  単文構造より複文構造の方が難易度は高くなるのと同じです。

 

          フラップ指導会  代表 飯塚 晃

色々気が付いたことやヒントになりそうなこと 3

2018年05月16日

  1. 1.成果の上がらない子は「頭が良くなれば成績が上がる。」と考えます。
  2. 成果の上がる子は「一つ一つの課題を積み上げること」を考えます。 

  なかなか成果の上がらない生徒さんの思考方法は 頭がいいから成績がいい。と考えがちです。勉強をすると頭がよくなって自然と成績が上がってくる。という思考です。

  もちろん頭がもともと良いのに越したことはありませんが、自分が成果を上げるためには「知識を増やして、その使い方のパターンの組み合わせを理解して、スピードと効率を良くする。」という当たり前の積み重ねを続けていくしかないのです。それを理解しないと永遠の成果は上がりません。

 

  1. 2.成果の上がらない子は「自分のミスに対して寛容」ミスに対する接し方は非常に重要です。「おっちょこちょい」「ケアレスミス」「気を付ければ本番では大丈夫。」
  2. 頭が良くなるのが目的なのだからミスは本質的な問題ではない。と考えているのかもしれませんが、全く逆です。成果の上がる子は自分のミスに対しての記憶力が優れているのです。ノートに記録するのか、頭脳に記憶するのかの差はありますが、着実に積み上げてミスの回数を減らしていきます。
  3. 次のようなセリフは危険です。
  4. 成果の上がる子は「自分のミスに不寛容で、そこを掘り下げる。」

 

  1. 3.成果の上がらない子は「ノルマをこなせば成績が上がる。」と考えます。
  2. 成果の上がる子は「作業やノルマの意味を理解しよう」と考えます。

 

    典型的な例ですが、宿題で学校にワークの提出があります。答えを写したり、

    機械的に回答を書き連ねるだけでは学習の意味は全くないですよね。

    ノルマをこなしたのだから、義務を果たしたのだから成績が上がる権利がある。    

    と考えてしまうと停滞の渦に巻き込まれてしまいます。

    「言われたことはやったのに!」では成果は上がりませんよね?

   この作業の目的は何なのか?これを考える子や自然に身についている子は成果は上がります。覚えるのか?理解するのか?速度なのか?

 

            フラップ指導会 代表 飯塚 晃

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